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「素質はピカイチ」
伊藤がそういわれる様になってから長い時間が過ぎている。01年、16歳の時から世界水泳の常連になっている彼女だが、04年アテネ五輪は代表になれなかった。確実といわれながらも、勝負の場で自分を見失ったからだ。 05年世界水泳、200mで4位になった伊藤は、0秒57だけ先着して表彰台に上がった中村礼子の姿を見て、初めて悔しさを感じた。
それをキッカケにして「死ぬ気で練習をするようになった」という06年、4月の日本選手権では中村を下し、2分09秒15で初めての日本記録保持者になった。だが8月のパンパシでは日本人2位入れず決勝進出を逃す。B決勝では、日本記録保持者に返り咲いた中村に次ぐ決勝2位相当の2分09秒21で泳いだが、もどかしさが残っただけだった。
3月の世界水泳では100m、200mともに5位で終わった07年は、中村の活躍の陰に隠れたままだった。そして五輪イヤーの今年も、2月の競泳ジャパンオープンでは50、100、200mに出場してすべて2位。
「200mに関しては、2分3秒台出したかったから悔しかった」と、言いながらも「今の時期で悔しい思いが出てきたことは逆に良かった」と納得の表情を見せた。「本当の勝負は4月の日本選手権。そこで持っている力を出し切りたい」と言いたげでもあった。
前回はお預けになった五輪代表の座。伊藤は好調な滑り出しをした中村の背中をしっかり見つめ、静かに闘志を燃やしている。
※写真は競泳ジャパンオープン2008より
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