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02年のパンパシ水泳200mバタフライに中学2年で出場した矢野は03年、04年と、2位以内という厚い壁に阻まれていた。特に04年のアテネ五輪選考会は、派遣標準を突破しながらも0秒13だけ届かない3位。いつもは飄々とマイペースを貫いているように見えていた彼女が、会場の片隅でひっそりと涙を流していた。
05年、やっと壁を突破して世界水泳へ駒を進めた矢野は、準決勝で自己記録を一気に1秒47更新する2分08秒63を出した。そして翌06年には、中西悠子の6連覇を阻止して初タイトルを獲得。8月のパンパシ水泳では、世界新をマークしたジェシカ・シッパー(オーストラリア)と日本新の中西悠子には遅れたが、それまでの日本記録を上回る2分07秒86をマーク。加えて800m自由形でも優勝した。
さらに12月のアジア大会は、中西を抑えて200mバタフライと800m自由形で2冠獲得。「世界水泳では2バタで2分6秒台を出して、世界に近づきたい」と、意欲的だった。
07年3月の世界水泳は体調を合わせられず準決勝敗退の10位に終わったが、8月の世界競泳800m自由形は8分27秒62の日本歴代3位の記録で柴田亜衣に次ぐ2位になった。
07年1月のコナミオープン1500mでは、距離を勘違いして1400mで一度止まってしまって日本記録樹立を逃すという笑えないハプニングを演じた矢野。北京は200mバタフライと800m自由形で狙う予定だ。その前にまず、日本選手権でふたりのメダリストに挑戦する。
※写真は第83回日本選手権より
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