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文・折山淑美
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短水路世界新で優勝した中村礼子と中西悠子
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例年、これまで通りなら1月に短水路ワールドカップ・ヨーロッパラウンドがあり、トップ選手たちはそこで海外選手たちと手合わせをしていた。だが07年から国際水泳連盟のスケジュールが変わり、ワールドカップは07年11月開催に。選手にしてみれば鍛練期ではあっても、できれば試合での刺激が欲しいもの。その機会をなかなか得られなかった彼らにとれば、この日本短水路選手権(ジャパンオープン)は、やっと刺激を入れられる時。そして観ている側にとっても、北京五輪シーズンの開幕とワクワク、ドキドキし始めることができる試合なのだ。
■中村礼子が狙って出した世界新
その大会ではいきなり世界新アナウンスが流れた。男子100m平泳ぎで予選、決勝と自身が持つ日本記録を塗り替えた北島康介も、優勝インタビューでは「世界記録でしょう……。ズルイですよね」と言葉を詰まらせてしまうほどだった。
最初に会場を沸かせたのは女子200m背泳ぎの中村礼子だった。
「予選は前半をどのくらいで入れるかを試して今までより速く入ったけど、後半に疲れたので。決勝ではそれより抑えて50mを楽に入り、後の3本をイーブンで泳ごうと思っていました」
予選は50mを28秒88で入って、100mは1分00秒00で通過。だが決勝では29秒11、1分00秒25と抑えた。
平井伯昌コーチはこう言う。
「05年に短水路で世界記録を狙った時には、『前半を1分1秒を切って入れ』といったら驚いていたんです。でも今回は予選から、『59秒台で入ろう』といったんです。礼子も驚いてはいたが、以前ほどじゃなかったし。力的には絶対にいけると思ってたんですよ」
予選で思い切り飛ばしてみて、決勝は抑える。それは彼女が、長水路で初めて2分08秒台の日本記録を出した06年のパンパシフィック選手権でやったものと同じ戦法だ。前半の100mを1分02秒台で入れと指示しても、怖がってなかなかできなかった礼子が、その予選ではいきなり1分02秒22で入ってしまった。それを決勝では1分02秒81に抑え、狙い通りに2分08秒台の記録を出させたのだ。あそこで彼女は一皮むけた。
「決勝では最後の50mが勝負だと思っていましたけど、そこが落ちなかったのが良かったですね。最後は、アテネ五輪以来といっていいくらいに無我夢中に泳いでいました」
ナタリー・コフリン(アメリカ)が持つ世界記録のペースをずっと上回り続けて会場を興奮させた彼女のゴールタイムは、それまでの世界記録を0秒38更新する2分03秒24だった。「狙っていたけど、いざ出してみるとビックリして……。嬉しいというような感情がわかないんです」
と礼子らしいコメントをする。
■大会初日、二度目の世界新
続いて会場を興奮させたのは、世界記録を狙うと公言していた200mバタフライの中西悠子だった。
「1月に波の多い市民プールで2分3秒79を出していたから、ここなら当然出るだろうと思っていました」
と太田伸コーチ。
「予選は前半の感じをつかんで後半は流していたんです。でも招集所で礼子のレースを観ていたら、後半の方をすごい頑張っていたから、私も後半を頑張らなければいけないと思って、狙ってたけど力まないで入れたんです。1月に狙った時は訳もわからず前半から飛ばしてバテたけど、今日は100mをターンしてから観客の声援も聞こえたし……。アナウンスを聞いて最後の50mが勝負だと思いました」
中西の150m通過タイムは、世界記録より少しだけ遅れていた。だが作戦通りの泳ぎができたという彼女は、最後の50mでその差を挽回して2分03秒12でゴール。それまでの世界記録を0秒41更新。
「やっと、っていう感じですね。それに、礼子のタイムをちょっとだけ上回っていたから、その方が嬉しいですよ」
と、盟友を持ち上げておどける。中西がゴールした瞬間を観ていた礼子も「自分の時は何も感じなかったけど、すごく興奮して鳥肌が立ってきましたよ。観ている人たちはこう感じるんですね」と、彼女らしいコメントで中西の世界新を祝福した。
■五輪前に身近になった“世界記録”
そんなふたりが強調するのは、今はまだ練習期間で本番はあくまでも1ヵ月後の日本選手権であり、北京五輪だということだ。特に女子背泳ぎはこのところ長水路で世界記録が連発されている。礼子も「コベントリーが短水路を泳いだら、もっといい記録が出ると思いますから」と気持を引き締める。
日本水泳連盟の上野広治競泳委員長が言う。
「時期がちょうど良かったというのはあると思います。多分、4月の世界短水路ではこの記録も更新されると思いますから。でもこれは大きな自信にして、長水路でも世界記録を狙っていくという気持になって欲しいですね。北京では世今の世界記録をターゲットにしないとメダルはとれないほどの世界新ラッシュになると思いますから」
短水路では以前、山田沙知子が800m自由形で世界記録を樹立している。だが、日本の競泳選手の意識を大きく変えたのは、02年に北島康介が初めて世界記録を樹立した時だろう。それ以来、選手たちの心の中には世界記録が身近なものとしてインプットされてきた。それに触発された中西悠子や中村礼子が今回、短水路とはいえ“世界記録”というものをさらに身近なものにしてくれた。北京五輪を前に、彼女たちは周囲に勇気を与えてくれた。
折山淑美/Toshimi Oriyama
1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進−−栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。
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