世界水泳選手権 モントリオール2005
 
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 金3、銀1、銅4。日本にとって昨年のアテネ五輪は、1992年バルセロナ大会以来3大会ぶりに金メダルを獲得し、戦後最高の成績を残して「水泳ニッポン」復活をアピールした大会となった。
 今年は2008年北京五輪へのスタートの年。日本水連は、多くの選手を国際大会へ派遣して経験を積ませることと男女自由形短距離の強化を重視した。競泳は4月の日本選手権で、各種目で日本水連が設定した派遣標準記録を突破して2位までに入った選手を自動的に選考。さらに、全種目にエントリーをするため派遣標準記録を下回った選手でも各種目の優勝者を選び、自由形のリレー要員も加えた。男子17、女子18の計35選手は、アテネ五輪への第一歩として39選手を送り、過去最多だった2001年福岡大会に次ぐ大選手団となった。
 アテネ五輪の代表では、男子平泳ぎ2冠の北島康介(日本コカ・コーラ)、女子自由形で日本初の五輪金メダリストとなった八百メートル優勝の柴田亜衣(チームアリーナ)ら、20選手のうち10選手が出場する。男子二百メートルバタフライ銀メダリストの山本貴司(近大職)は、仕事と近大でのコーチに専念するため今季は欠場。女子平泳ぎの田中雅美、同バタフライの大西順子、同背泳ぎの稲田法子らこれまで日本のトップで活躍してきた選手は引退した。
 今回の選考会で、日本中を驚かせたのがエース北島の「まさかの敗北」だった。日本選手権の初日、4月21日。男子二百メートル平泳ぎ決勝で、北島は後半に失速。アテネ五輪代表の今村元気(ムラサキスポーツ)に150m手前で抜かれ、最後には木村太輔(自衛隊)にも差されて3位。北島が主要大会の平泳ぎで日本選手に敗れるのは、2000年以来。前世界記録保持者で、アテネで圧倒的な強さを見せて金メダルを取りながら、モントリオールでの二百メートルの出場権を逃してしまった。
 選手にとって最大の目標の五輪で最高の成績を収めた翌年。モチベーションを高めるのは難しかった。国民的スターとなった北島は、このオフは日本コカ・コーラと4年間の所属契約を結び、本格的なプロ選手に。その一方、各種授賞式などに追われ、体調を崩しては練習を休みがちになった。「日本選手権をなめてはいけない」と反省。その後は、本来の泳ぎを取り戻すため再びハードな練習に取り組んだ。世界選手権では男子の主将。百メートルと五十メートルで、五輪王者の力を証明する。
 北島の敗北は、日本選手の年齢層の変化を表している。二百メートル優勝の今村は、初出場のアテネ五輪では11位に終わった。しかし、23歳の今でも成長過程で「打倒北島」をもくろんでいた。2位の木村も23歳。日本では数年前まで、十代でタイムを伸ばして大学卒業とともに競技を終える選手が多かったが、今では大学生や大学の卒業生が成績を伸ばすケースが増えた。
 大学4年で初めて五輪に出場し、金メダルを取った女子自由形の柴田がその代表例だ。柴田はこの春、大学を卒業してスポーツ用品
メーカーに入社。4月の日本選手権では初優勝し二百メートル、四百メートル、八百メートルの3冠を獲得。しかし、目標とする初の日本記録樹立はならなかった。世界選手権では「八百メートルだけでなく四百メートルでも表彰台に」と意気込む。
 アテネ五輪のメダリストでは、男子背泳ぎの森田智己(セントラルスポーツ)が充実。女子背泳ぎの中村礼子(東京SC)、女子主将を務めるバタフライの中西悠子(枚方SS)は、日本記録更新とメダル獲得を目指す。さらに、男子自由形とバタフライの松田丈志(中京大)も表彰台のチャンスがある。男子バタフライの柴田隆一(日大)、同個人メドレーの佐野秀匡(アクラブ調布)ら初出場組の活躍も楽しみだ。
 チームは、アテネ五輪までのヘッドコーチ、上野広治氏が監督に就任。ヘッドコーチは、1988年ソウル五輪男子百メートル背泳ぎの金メダリスト、鈴木大地を育てた鈴木陽二氏が務める。経験豊富な名指導者の鈴木氏は「前回の03年バルセロナ大会の6個を上回りたい」とメダル目標を設定。さらに「水泳大国になるためには自由形の強化が急務」と日本の弱点の克服を目指す。

文:正田裕生/共同通信
写真:フォート・キシモト
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